【願望を手放す】叶っても叶わなくても構わない!願望の実現と願望の消滅は同じこと

願望の実現を待っている間というのは苦しいものです。

意中の人とお付き合いしたいという願望なら、「どうしたら好きになってもらえるんだろう」という焦りや、「本当に結ばれるんだろうか」という不安がつきまといます。

試験に合格するという願望なら、「今の勉強量で試験までに間に合うんだろうか」という焦りや、「合格できるんだろうか」あるいは「不合格だったらどうしよう」という不安がつきまといます。

でもどうして願望を持つと決まって苦しくなってしまうのでしょうか。
もしかすると、願望を持つこと自体が苦しみの原因なのではないのか。
今回はそんなお話です。

1.願望とは不快感のこと


願望とは何かを欲しがることです。
人によってそれは愛だったり、お金だったりします。
あるいは尊敬や羨望といった承認欲求を満たすものである場合もあるでしょう。

共通しているのは、何かが足りないから欲しがるという単純な動機です。
愛が欲しい人は愛が足りないと感じているということですし、お金を求める人はお金が足りないと感じているということです。
尊敬や羨望を欲しがる人は、人間としての「箔」や「格」のようなものが自分には足りていないと感じている、といえばいいでしょうか。

願望はあなたが人生において、何に対して不足を感じているのかを如実に物語っています。
願望は夢や希望のように捉えられがちですが、実際にはあなたが人生において、どんな部分に不足を感じているかを表しているのです。

その不足感が、不安、不満、不幸といった「不」のつく感覚や、少ない、物足りない、満たされていないといった不快な感情を引き起こします。
愛やお金は、足りないと不安、あれば安心の代表格でしょう。

極論に聞こえるかもしれませんが、願望を持つことと不快感を持つことは同じです。
同じようなニュアンスのもの、という意味ではありません。願望と不快感は同じものなんです。
そりゃあ苦しくなるに決まっています。だって願望=不快感を「持って」いるんですから。

お付き合いしたい、あるいは結婚したいとまで願っている意中の人に、不快感など持つはずがないと思うかもしれませんが、その意中の人との現在の関係性に不安や焦りを感じていると考えるとどうでしょう?

その人自体には不快感を持っていないけれど、その人との関わり方に不快感を持っていると捉えることができます。
もっと親密になりたいと願っているということは、今は親密さが足りないと感じているということの裏返しです。
親密さの不足に不快感を持っているわけです。

願望が実現しないから苦しいのではありません。願望を持っているから苦しいんです。
ですから願望実現においては「願望を手放しましょう」と言われるのです。
願望を願望と捉えるのはもうやめにしましょう。願望と言われているものは、不足感に端を発した単なる不快感のことなのですから。

2.実現とは消滅のこと


あなたが今持っている願望が実現したら、あなたはどうなるでしょう?
「嬉しい」「幸せになる」
本当にそうでしょうか。

あなたが、意中の人とお付き合いしたいという願望を持っていたとします。
「先に誰かと付き合い始めたらどうしよう」という焦りや「最終的に2人は結ばれるんだろうか」という不安を乗り越えて、あなたは意を決して交際を申し込みます。

結果はOK。
当然、嬉しいし幸せですよね。

でもそれは、願望が実現したから幸せなのでしょうか。
前章の通り、「願望」とは「不快感」のことです。
不快感が実現したから幸せというのは辻褄が合わないですよね。
では、実現とはなんでしょう?

実現とは消滅のことです。

一見すると、あなたは願望が実現したから幸せと認識したように見えます。
しかし、願望を持ち続けることで発生していた焦りや不安といった不快感が消えたから幸せな気分になったとも言えるのです。

こんな場面で考えてみると、より分かりやすいかもしれません。
試験の合格発表。
合格か不合格かという不安を胸に、あなたは自分の番号を探します。
そして自分の番号があった!
「よっしゃー!」
あなたは喜びを爆発させます。

さて、果たしてあなたは試験に合格するという願望が叶ったから喜んだのでしょうか。
それまで何年も何か月もずっと抱き続けてきた不安が、番号を見つけた瞬間に一気に消し飛んだから喜びが爆発したのではないでしょうか。

願望が実現したから嬉しいのではありません。不快感が消滅したから嬉しいんです。

3.「願望の実現」とは「不快感の消滅」のこと


あなたは願望が実現する日を夢見て、願望を大切に持ち続けます。
願望が実現しなくて苦しい。
「どうすれば願望は実現するんですか?」と聞いても、返ってくる答えは「願望を手放してください」ばかり。
でも願望を手放すことは怖くてできません。
完全に八方塞がりです。

さて、この文章にここまでのお話を当てはめてみましょう。
「願望の実現=不快感の消滅」です。

あなたは不快感が消滅する日を夢見て、不快感を大切に持ち続けます。
不快感が消滅しなくて苦しい。
「どうすれば不快感は消滅するんですか?」と聞いても、返ってくる答えは「不快感を手放してください」ばかり。
でも不快感を手放すことは怖くてできません。
完全に八方塞がりです。

なんと妙なことを言っているかがお分かりいただけたと思います。
冒頭に書いた文章ですが、願望の実現を待っている間が苦しいのは、不快感の消滅を待っている間だからです。

あなたにとっての現実がどうであろうと、あなたは願望を実現して構いません。
なぜなら、願望の実現の目的は、今持っている不快感を緩和し消滅させることだからです。
願望の実現と言われると、遥か彼方にあってハードルが高いと感じても、不快感の消滅ならできそうな気がしてきませんか?

そうです。
今すぐここでできてしまう話なんです。

4.あなたが真に求めているもの


あなたが本当に求めているものは何でしょうか。
「願望を実現すること」
本当にそうでしょうか?

願望を実現した結果、心の平穏を得ることが真の目的ではないですか?

目的と手段を混同しないようにしましょう。
願望の実現は、心に平穏をもたらすための手段です。

ここまでの話を、こう捉えるとわかりやすくなるでしょう。
願望を持っている→願望が実現する→心が平穏になる
不快感を持っている→不快感が消滅する→心が平穏になる
手段は違うのに結果は同じところに辿り着くのがわかるでしょう。

あなたは今まで、心に平穏をもたらすためには願望を実現することが唯一の道だと思い込んでいませんでしたか?
心の平穏という言葉にピンとこない方は、幸せと言い換えても構いません。
願望の実現が全て。幸せになるためにそれ以外の方法はない。と自分を制限していたのではないでしょうか。

それが、「不快感を消滅させる」ことでも心の平穏=幸せを得られると知ったらどうでしょう。
唯一と思い込んでいた幸せの道筋に、新たな道が生まれます。

「願望の実現」も「不快感の消滅」も行きつく結果は同じ「心の平穏」です。
ここで誤解しないでいただきたいのが、願望を実現させようとすることが悪いと言っているわけではないということです。
願望の実現という形で心の平穏を得ても構わないし、不快感の消滅という形で心の平穏を得ても構いません。
聞いたことがありませんか?願望が叶いやすいのは「叶っても叶わなくても構わないというメンタルのとき」であると。
「叶っても叶わなくても構わない」なぜなら「どちらにせよ心は平穏だから」です。

過去の記事でも何度か言及していますが、セドナメソッドというメソッドがあります。
詳しい方法等は省略しますが、セドナメソッドは不快な感情を手放していくメソッドです。
「願望の実現=不快感の消滅」ですから、セドナメソッドが理にかなったメソッドであることがわかるでしょう。
「不快感が消滅したら、後には何が残るか?」ということです。

「どんな現実が見えていようとも平穏を選ぼう」

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直島 章真(Naoshima Shoma)

不思議で素敵な思考の世界に皆さんをご案内します。 引き寄せで悩んでいる人、心が疲れてしまった人、ちょっと元気をなくした人に響く言葉がきっとあるはず。そう信じて言葉を紡いでいます。