【大いなるもの】自分は本当は何者なのか。答えのない答えを探すのはやめよう。

1.自分は何者なのか


「自分=世界」
「自分は存在しない」
「自分は空間」

願望実現において、一定の領域に辿り着いた人たちが語る「自分」の定義は、一般的な「自分」の感覚とはかなり違っているようです。

自分は何者なのか。

この世界にやってきてから今に至るまで、疑うことすらなかった「自分」というものへのあなたの定義、あなたの感覚、あなたの認識は本当に正しいのでしょうか。

まずは、こんな場面を想像してください。
ある日あなたは体調を崩してしまいました。どうやら風邪をひいてしまったようです。

病院に行ったあなたは、お医者さんに症状を伝えます。
喉が痛いです。鼻が詰まっています。微熱があります。お腹は痛くありません。症状が出始めたのは確か昨日の…いつごろだっけ?よく覚えていませんが昨日の夕方ぐらいだと思います。
お医者さんは、あなたの症状をカルテに記録していきます。

さて、あなたの症状はお医者さんに完璧に伝わっているでしょうか。

自分の感覚を完璧に他人に伝えることは困難です。
あなたの感覚はあなたにしかわかりませんから、他人はあなたの言葉によって知るしかありません。だから、あなたは言葉を使って一生懸命に自分の感覚を伝えようとします。
けれども、そこに限界も感じるでしょう。

あなたの感覚を完璧に知る方法があるとすれば、あなたになる以外にありません。
例えば僕があなたとなって、あなたの視点から様々なことを体験する。確かにそうすれば、あなたの感覚を完璧に知ることができるでしょうけど、言うまでもなくそれは不可能です。

何が言いたいのかというと、あなたの感覚は誰かに体験してもらうことはできないし、誰かに確かめてもらうこともできないということです。

あなたの感覚は言葉によって断片的に伝えることはできても、どうしたって不十分になります。よって100%完璧に伝えることは原理的に不可能である。
そんな当たり前のことから「自分は何者なのか」を答えを探していきましょう。

2.それは誰が決めたのか


あなたにとっての「自分」の定義、感覚、認識は本当に正しいのでしょうか。
前章で「あなたの感覚は誰かに確かめてもらうことはできない」とお話しました。

あなたにとっての「自分」という感覚は今まで一度も誰かに確かめてもらったことはないし、これからも確かめてもらうことはありません。
「正解!」も「不正解!」も言ってもらえないんです。

ここで、シンプルだけれど驚きの事実が判明します。
「自分」とは自分が定義付けている感覚に過ぎない。ということです。

根拠もなく、確認もせず、疑うことすらしてこなかった「自分」というものの定義は、実は自分が決めているに過ぎず、原理的に誰かに確認してもらうこともできない思い込みの産物です。

「自分は世界ではない」も定義だし、「自分は世界である」も定義です。「自分は他人ではない」も定義だし、「自分は他人である」も定義です。どちらを採用したとしてもそれを確かめる術はありませんし、正解か不正解かもわかりません。

さて、そこで次のたとえ話です。
僕らは目に映るもの全てに対して、本質を無視して常に何らかの定義をしていることにお気付きでしょうか。

僕らは、フサフサの尻尾をした小動物を見て「リス」と呼びますが、当のリスたちは「自分はリスだ」なんて思って生きていません。
リスの本質は「フサフサの尻尾をした小動物」です。名前などありません。

けれど、その本質も正しいのかどうか怪しいところです。
そもそも小動物かどうかさえ怪しい。何と比較して小動物なのでしょうか。そこには何かとの対比が必要なはずです。リスを小動物と見なすのもまた一つの定義です。
そもそもフサフサの尻尾というのも怪しい。その部分を尻尾と呼んでいるのは誰でしょう。当のリスは「これは尻尾だ」なんて思っていません。尻尾というのもまた一つの定義です。
そもそも動物というのはどういった区切りなのでしょう。そうして分類しているのは人間だけです。全ての動物たちは「自分は動物に分類されている」なんて思っていません。

こうして僕らは万物に対して「こういうものだ」と定義付け、「便宜上こう呼ぼう」と名前を付けます。
もしあなたが空だったら、自分は空だという定義もなく、ただ静かにそこに在るでしょう。
もしあなたが路傍の石だったら、自分は石だという定義もなく、ただ静かにそこに在るでしょう。
僕らは、本来ただそこに在るだけのものに定義付けをして、勝手に呼び名を付けています。

全てのものは、意味もなく、理由もなく、移ろいゆきながら、ただ”在る”だけです。

このシンプルな本質に気付きましょう。
裏を返せば、この世界に定義付けできるものなど一つもないのです。
「これは〇〇だ」というのは全て定義付けです。自分に対して問いかけてみてください。

「そう決めているのは誰?」

ただ「在る」だけのものたちに、いちいち意味不明な定義付けをしているのは誰なのでしょうか。

3.自分を定義することはできない


全てのものは、意味もなく、理由もなく、移ろいゆきながら、ただ”在る”だけ。
例外はありません。

では、全てのものの中に「自分」も含まれるのでしょうか?
何かが除外された瞬間に、それは「全て」ではなくなりますから当然含まれることになります。

「自分」もまた、意味もなく、理由もなく、移ろいゆきながら、ただ”在る”だけです。

それにも関わらず、僕らは「自分」も含めたあらゆるものを定義付けし、意味付けをし、「そうなった」あるいは「そうなっている」理由を探ろうとします。
真実は「そうである」から「そうである」だけなのに、複雑な思考が「そうであるのはなぜか」を考えてしまうというわけです。

「自分は何者なのか」
その哲学的な難問に対して、僕が思う最も真実に近いと思われる答えは「自分を定義することはできない」です。

よって、

Q.自分は何者なのか
A.解なし

というのが答えとなります。

「自分」だけではありません。全てのものは定義することができない。定義しようのないものです。
あれは空だ。あれは雲だ。あれは太陽だ。あれは海だ。あれは山だ。全てそう定義しているだけです。

目に映る全てをそうして分類し、名前を付けて呼んでいるのはあなたです。恐らく大半のケースでは「みんながそう呼んでいるから」というなんともいい加減な理由で、そう定義して呼んでいるに過ぎないのです。

4.全てを自由に定義すれば良い


「自分は何者か」を問うたときに、真っ先に思い浮かべるのは「この身体」という概念ではないでしょうか。
自分は山田太郎である。自分は人間である。自分はヒトという生命体である。大半の人は、このちっぽけな身体を「自分」と認識しているでしょう。

そして、その自分に対して「自分ではないが、自分とよく似た形状の生命体」を他人と定義しています。
更にその見た目から「男性と女性」「大人と子供」などと分類していきます。

さて、前章でお話ししたことを憶えていますか?
「自分を定義することはできない」

自分は山田太郎であるは定義です。自分は人間であるも定義です。自分はヒトという生命体であるも定義です。
これらの定義の中に正解は一つもありません。「自分を定義することはできない」が答えなんですから。

では「他人」というものは存在するのでしょうか。
僕らは「自分ではないが、自分とよく似た形状の生命体」を他人と定義しています。まず「自分」というものがあり、その比較対象としての他人です。ところが「自分」という定義は定まっていなし、定まっていないというより定義することができません。

自分という個別の存在はどこにもいないということになります。なぜなら「自分は個別の存在である」というのもまた定義だからです。

「自分は〇〇である」という定義ができない以上、自分というものは存在しません。

「自分」というものが存在しない以上、その比較対象である「他人」も存在しません。

「自分とは何者なのか」

「他人は存在するのか」

正確な答えがあるとすれば、それは「全てを自由に定義すれば良い」となるでしょう。
あなたが何をどう定義しようとも、あなたの世界ではそれが真実となるのですから。

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神田房枝(カンダフサエ)
日本女子大学英文学科卒業。日本航空に入社、国際客室乗務員として内閣総理大臣特別便等を担当。退職後渡米、イェール大学大学院にて東アジア学修士号、博士号取得。その後、ボストン大学講師、ハーバード大学ポストドクトラルフェロー。また数々の国際学会発表、学術記事出版がある。ハルピン工業大学に留学経験もあり、英語の他、中国語に堪能。現在、米国エグゼクティブボイス社アジア部門ディレクター。アメリカ在住(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

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直島 章真(Naoshima Shoma)

不思議で素敵な思考の世界に皆さんをご案内します。 引き寄せで悩んでいる人、心が疲れてしまった人、ちょっと元気をなくした人に響く言葉がきっとあるはず。そう信じて言葉を紡いでいます。