【観念に気付く】現実のリアクションマシーンから抜け出すと人生の台本に気付く

1.現実のリアクションマシーンから抜け出す


起こった物事を判断しない。現象は常に中立。現実のリアクションマシーン。
これらの表現を聞いたことがある方も多いでしょう。

僕らは、原因もわからないまま現実に対して反射的に反応してしまいます。自動的な反応をやめなさいと言われても、具体的にどうすればいいのでしょうか。
現実的な例を挙げながら、少し思考を進めてみましょう。

「大勢の人の前で話すと緊張する」。
根拠もなく、そんなの当たり前だと思ってしまうシチュエーションですが、ここに既に観念が潜んでいます。

「大勢の人の前で話すと緊張する」を分けて考えてみましょう。
「大勢の人の前で話す」と「緊張する」

この両者は種類が違うものだということがわかるでしょうか。
「大勢の人の前で話す」は現象。「緊張する」は反応です。現象と反応は本来結び付いてはいません。

そもそも種類からして違う独立した別個のものですが、「大勢の人の前で話す」というシチュエーションでは「緊張する」という定型の反応が引き出されるようにプログラムされてしまっています。
この現象と反応をセットにしているのが観念です。

他にも「雨が降るとテンションが下がる」「日曜日の夜は気が滅入る」「連絡がないと寂しい」。
これもそれぞれ現象と反応に分けることができます。

起こった現象に対して、いつも自動的に決まった反応を返している観念があることに気付く。これが現実のリアクションマシーン脱却への第一歩です。

2.現象と反応は切り離された別個のもの


目の前の現象に対して、過去に同じような現象を体験していると、毎回自動的な反応が出てきます。

前章の例で言えば、大勢の人の前で話すと緊張し、雨が降るとテンションが下がり、日曜日の夜は気が滅入り、連絡がないと寂しいと反応します。

特定のシチュエーションに対して、その場合はこのようなリアクションをしようと最初から観念が決めているんです。

これは自分が書いた台本です

こういうシーンでは、こういう演技をしなさいと自分が決めています。大勢の人の前で話すシーンでは緊張しなさい。日曜日の夜は気が滅入りなさいという具合です。

その結果、何が起こるでしょう?
大勢の人の前で話したら緊張したという現実が出来上がり、日曜日の夜はやっぱり気が滅入るなぁという現実が出来上がります。

現象に対して僕らが反応することによって現実が作られます。良い現実、悪い現実という分類は、僕らがそのときどんな反応を返したかによって決まります。

毎回同じような反応をしていると、次から同じようなシチュエーションが起こったときには、もっと自動的に、反射的に反応することになります。これでは観念が強化される一方になります。

現象と反応は切り離された別個のものですから、「大勢の人の前で話すと笑えてきちゃうよね」と反応してもいいし、「日曜日の夜は踊りたくなっちゃうよね」でも構わないわけです。

3.現実は思考によって事前に創られている


思考から生まれた観念と感情が、現象に対してどう反応すべきか台本を書き上げています。

「こうなったら緊張するだろうな」
「こうなったら怖いだろうな」
「こうなったら悲しいだろうな」

あなたの中にあるそういった観念は、その「こうなったら」が起きたときに、お約束のように台本通りの感情を引き出します。

現象→反応→現実

仏教で「無常」と表現されるように、この世界で変化しないものは何一つありません。宇宙丸ごと常に変化し続けています。最初の段階である「現象」は単なる状態の変化であって、それ自体に特に意味はありません。「今ここでは何も起きていない」と言われる所以です。

僕らはその現象に対して反応をします。「これはどういう意味なんだろう?」と少し考えてから反応を返すこともありますが、ほとんどの場合は自分が予め決めておいた反応を自動的に返しています。

「嬉しい」「悲しい」「楽しい」「苦しい」などです。

この時点で、特に意味のなかった「現象」に色が着けられて「現実」に変化します。「嬉しい現実」「悲しい現実」「楽しい現実」「苦しい現実」です。

ここに気付きが得られます。
自動的な反応が現実を創り上げていますから、「現象」に対して反応しない、または反応を変えることによって現実が変わるということです。

この自動的な反応を引き出しているのは観念ですから、観念が現実を創り上げていることになります。そして、その観念を創り上げているのは思考です。
つまり、現実は思考によって事前に創られているということです。

4.あなたの思考以外にあなたを不幸にする要因はない


僕らは、現象をはっきりと五感で感じ取って反応していることもあれば、特に何かを感じ取ったわけでもないのに反応していることもあります。

五感で感じ取っているわけではないので、このときの反応は漠然としています。
「漠然とした不安」「漠然とした不満」「漠然とした不幸」

この不安や不満や不幸はどこからやって来るのでしょう?
ここまでお話しした通り、あなたの思考以外にあなたを不幸にする要因はありません

観念というあなたの台本には「こういう現象が起きたら、こういうリアクションをしなさい」と演技が指定されています。あなたは自分が書いた台本に沿って、自分という役柄を演じています。

全ての現象の中から五感で感じ取れるものは限られています。どれかの現象を感じ取り台本に沿って反応する。多くの場合は残念ながらネガティブな反応です。結果としてネガティブな現実が出来上がり、その集合体を総合的に判断した結果が「漠然とした不幸」です。

あなたは人生という映画の中で、自分という役柄を演じています。あなたが本名として名乗っている名前は、その役柄に与えられた役名です。映画の中ではジャック・スパロウでも、その正体はジョニー・デップであるのと同じで、あなたは「山田太郎さん」や「佐藤花子さん」を演じているんです。

5.あなたは自分という役柄を自由に楽しく体験するためにここにいる


「カッコつけてる奴」とか「可愛い子ぶってる子」というのは、特に同性にはバレやすいものです。「アイツ、女の人がいると調子に乗るよな」とか「あの子、男の人の前では態度が変わるよね」といったようにです。どちらかというと、女性の方が敏感に察知しているでしょうか。

そうじゃなくても僕らは、自覚のないままに自分を演じています。与えられた役名である「山田太郎さん」や「佐藤花子さん」を、観念という自分専用の台本に沿って動かしているんです。

台本を書きあげているのも、それを演じているのも自分ですが、その世界があまりにもリアルすぎるので「山田太郎さん」や「佐藤花子さん」を演じていることを忘れています。

あなたは全ての現象の中から一つの現象を選び、自動的に反応し現実としてきました。どの現象を選ぶかも、どう反応するかも実は全て台本通りだったんです。

現実が事前に決められた台本通りに展開している作り物だということに気付くと、その台本を捨てるか書き換えるかすればいいということにも気付くことができるでしょう。

では台本を捨てて、今の役柄から降りるにはどうすればいいでしょうか?
自分の人生には、自分が作った台本があることに気付くことです。

起こった現象に対して嫌な感情を感じたら、そこには台本があります。その台本を手放せるなら、そうした方が良いですが必須ではありません。気付けば消えますから、気付くだけで大丈夫です。

現象に対するリアクションを変えれば現実が変わります。リアクションしない、あるいは良いリアクションを返す。

何かが起きているわけではないリラックスした場面で「ありがとう」とか「幸せだなぁ」と言うのも有効です。
それは、最初の現象を選ぶ段階で「ありがとう」とか「幸せだなぁ」と感想が漏れるような現象を選んだことになるからです。

あなたは自分という役柄を自由に楽しく体験するためにここにいるのであって、役柄と同化して苦しむためにいるのではありません。
本来のあなたには名前はありません。役名が入ったその台本を捨てたときに、今まで自分と思っていたものはほんの表層であったことがわかります。そして、その表層の自分が表層の現実の中にいたことに気付くでしょう。

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直島 章真(Naoshima Shoma)

不思議で素敵な思考の世界に皆さんをご案内します。 引き寄せで悩んでいる人、心が疲れてしまった人、ちょっと元気をなくした人に響く言葉がきっとあるはず。そう信じて言葉を紡いでいます。