【価値観】物の価値は変わるもの。あってもなくてもいいものに振り回されないで


たまには趣向を変えて、雑記的な記事を書いてみます。
平成30年9月6日未明、北海道で大きな地震があり、その影響で北海道のほぼ全戸が停電になっています。

僕は北海道在住なので暗がりの中、暇に任せてこの記事を書いています。ネットが使えない状況なのでメールに打って保存しています。

このようなときに人が求めるのは、光と水とエネルギーです。
午前三時に地震が発生したと同時に停電になりましたから、辺りは真っ暗になりました。

人は光を求めて太陽が昇るのを待ちました。水を求めてスーパーの列に並びました。エネルギーを求めてガソリンスタンドに長蛇の列を作りました。

電気が使えない状況の中、本当に必要なもの、役に立つものは極めてシンプルです。
まず火と水。非常時に心強くてありがたいものの筆頭でしょう。そして全てを明るく照らしてくれる太陽のありがたみが身に沁みます。

道具は電気を必要としないシンプルなものほど役に立ちます。包丁、鍋、箸、フォーク、スプーン、皿、コップ。

結局、本当に役に立つものというのは、人が道具を使い始めた時代から大して変わっていないんだなって思います。

葉っぱをお皿にしていた時代、土を焼いて鍋を作っていた時代、石を割り、削り、刃物として使っていた時代。

僕らは原始的な時代から比べると、ものすごく進化していると思っているけれど、生きていくのに役に立つものというのは太古の昔からちっとも進化していなかったりします。

電気を使う道具たちは軒並み役立たずです。電話も不通、ネット環境も遮断されているとなると、普段ありがたがっているスマホなんてカマボコ板と大差ありません。せいぜい懐中電灯代わりに使えるのが救いという程度です。

お得意の裏を返せばで考えると、生きていく上で必需品と思っているものほど「あってもなくてもいいもの」だったりする。逆に身近すぎて感謝はおろか意識すらしていないものが重要だったりする。

高価なアクセサリーも、おしゃれな服も「だからなに?」です。高いだのおしゃれだのに何の意味もありません。安い中古車だろうが、新車の高級車だろうが、そこに意味はありません。単なる移動手段で一括りです。

停電で価値が暴落したり、急騰したりすることからも、物の価値というのは、ただの思い込みなんですよね。価値があると思っているだけ。

今は、太陽、火、水、火と水を組み合わせたお湯の価値が急騰。スマホ、テレビ、パソコン、アクセサリーの価値は暴落。

スマホよりカセットコンロの方が便利。アクセサリーより水の方が貴重。そんなことが当たり前に起きるんです。物に価値を求めても、そこに真実はないということです。

それよりも、ここは北海道ですから普段も少し郊外に出て街灯から離れれば、星が綺麗に見えます。

けれど、今日は町中の灯りが消えているので市街地でも満天の星空が広がっています。北斗七星も北極星も星座の図鑑を見ているようにくっきりと見えます。

北海道らしい爽やかな夜です。暑くもなく寒くもなく、Tシャツ一枚で夜風に吹かれているとすごく気持ちがいいです。詳しくはないけれど星を見るのが好きなので、ずっと外で星を眺めています。

虫たちが昨日と変わらずコロコロ、チーチー鳴いています。不便だとか、いつまで続くんだとか、不満や不安を口にしているのは人間だけのようです。

焦ろうが不安がろうが、停電の復旧が早まるわけでもないので、日中は近くの公園へ散歩しに行って来ました。

鳥が可愛い声で鳴きながら飛んでいました。リスがチョロチョロ遊んでいました。彼らにとって人間の混乱などどこ吹く風です。

起こったこと、起きていること、これから起こりそうなこと。
そんなものをいちいち判断したり、嘆いたり、憂いたりすることには何の意味もありません。

今日は少々不便ではありますが、星が綺麗なので「それもまた良し」です。

それにしても火星ってオレンジ色でめちゃめちゃ目立つなぁとぼんやり思いつつ、北海道の空に太陽が昇るのを待ちながら。

2018/9/6 22:00

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直島 章真(Naoshima Shoma)

不思議で素敵な思考の世界に皆さんをご案内します。 引き寄せで悩んでいる人、心が疲れてしまった人、ちょっと元気をなくした人に響く言葉がきっとあるはず。そう信じて言葉を紡いでいます。