【認識の変更】どうして「ない」と決めつけるの?あなたの「ある」の背中を押したい!

引き寄せの法則やそれに類するスピリチュアルな世界で語られる「認識の変更」。
「既にある」「全て叶っている」「完璧」
表現は色々ですが、どういう理屈なのかわからない。
どうしても「理屈で納得したい」と言っても返ってくる答えは「理屈ではなく感覚」とか「エゴでは理解できない」とか「理解しようとするな」。メソッドを試してみてもその感覚が実感できずに困っているのに、どうすればいいのかわからなくなってしまって停滞している人も多いのではないでしょうか。
そんな人が「認識の変更」をするためのヒントとなる考え方を紹介しましょう。

1.あなたの目の前には今なにがありますか?


あなたは今、この記事を読んでくれています。
ということは、あなたの目の前にはスマホなりタブレットなりパソコンなりの電子機器があり、その電子機器の画面を見ていることでしょう。
「なにを当たり前なことを」と思うかもしれませんが、このことについて少し私と考えてみましょう。
あなたは普段スマホの画面を見ていても、いちいち「ここにスマホがある」とか「私は手の中にあるスマホの画面を見ている」と確かめることはないでしょう。
ではスマホに夢中になっているあなたに私が「今スマホある?」と聞いたとします。変なことを聞くなぁと思いながらもあなたは手の中にあるスマホを見ながら「あるよ」と答えてくれると思います。
あなたはそのとき初めてスマホの存在に気付いたのでしょうか?違いますね。
あなたにとってスマホが「ある」というのは、わざわざ確認する必要がない明確な事実であるから、いちいち「スマホがある」と認識する必要がないんです。

2.見たことがないのに「ある」と認識しているもの


あなたはどれくらいの数の世界遺産をその目で見ましたか?
世界遺産に限ったことではありませんが、世界には素晴らしい光景や素敵な景色がたくさんありますね。
でもここでは話をわかりやすくするために、少し範囲を狭めて世界遺産としておきます。
あなたは世界中にある世界遺産のうち、どれくらいの数を現地へ行き自分の目で見たでしょうか。きっと全ての世界遺産をこの目で見たという方は少ないはずです。
では、あなたがまだ現地へ行って自分の目で見ていない世界遺産は本当にあるのでしょうか?
「あるに決まってるだろ!」そんな声が聞こえてきそうですが、あなたはなぜ「ある」と確信できるのでしょう。
「テレビで見たから」「ネットで見たから」「本で見たから」「行ってきた人の話を聞いたから」
「ある」と確信している証拠は色々と出てくるでしょうが、あなたが現地へ行って自分の目で確かめていない以上はどの理由も単なる憶測でしかありません。乱暴な言い方をすると、あなたが勝手に「ある」と認識しているだけに過ぎないのです。
けれどこのあなたが「ある」と認識することが「認識の変更」への入り口です。

3.あなたが「ある」と認識するから全てが存在できる


あなたは手にしているスマホも、まだ行ったことのない世界遺産も、現実に存在するものとして等しく「ある」と認識しています。
つまり、それらが存在するためには単にあなたが「ある」と認識すればいいのです。
逆に言えば、実際に見て触れることのできるスマホも、実際には現地で見たことがない世界遺産も、それらを存在させているのはあなたの「ある」という認識だけ。要するに全てのものはあなたが存在させているのです。
それが実際に五感で体感していようと(スマホ)、実際に五感で体感していなくても(行ったことのない世界遺産)、そんなことには関係なく、ただあなたの「ある」という認識。
この「ある」という認識がとてつもないパワーを持っています。

4.宇宙はあなたが存在させている


宇宙はありますか?
そう聞かれたらあなたは何と答えるでしょう。
宇宙があるかどうかを確かめるには夜を待った方がイメージが湧きやすそうです。
夜、あなたは夜空を見上げます。そこには漆黒の闇が広がっているでしょう。月が輝いているのが見え、星が瞬いているのが見えます。
そしてあなたはこう認識します。真っ黒な空間が「ある」。月が「ある」。星が「ある」。全部ひっくるめて宇宙が「ある」。
はい。ここでまた問題発生ですよ。
あなたは大気圏の外に出たことがあるのでしょうか。そもそも宇宙とは本当に大気圏の外のことを言うのでしょうか。当たり前にそう思っていますが、それを決めたのは誰なのでしょう。
宇宙はある。そして宇宙とはこのようなものだ。
そう認識しているのは他ならぬあなたです。見たことのない世界遺産と同じで、宇宙もあなたが「ある」と認識するから存在するのです。

5.あなたの宇宙はあなただけのもの


あなたの目に映るものは全て、あなたが「ある」と認識したものです。あなたは「ある」と認識した世界で、「ある」と認識したものに囲まれています。
それは宇宙ですら例外ではなく、仮にあなたという観察者がいなくなったら宇宙は存在できなくなります。
あなたが見ている世界は他の誰もあなたに成り代わって見ることはできません。
あなたもまた、他の誰かが見ている視点で世界を見ることはできません。
あなたはあなただけの世界を見ています。誰にも覗かれないし、誰にも邪魔されたりしません。
あなたが眠っている間、あなたの宇宙は存在しているでしょうか?
繰り返しになりますが、あなたの世界を見ることができるのはあなただけです。あなたが眠っている間、他の誰かがあなたの世界を見ることはできません。
あなたが眠っている間、観察者を失った「あなたの宇宙」は、やはりあなたと一緒に眠っています。
それでも世界は動き、宇宙は動いているとあなたは言うでしょう。
けれどそれは、他の誰かの世界だったり、他の誰かの宇宙だったりします。「あなたの宇宙」ではありません。あなたの宇宙はあなたにしか見れないんですから。
だから眠っているあなたに私が「宇宙はありますか?」と尋ねても、きっとあなたは「ムニャムニャ」と誤魔化すことでしょう。

6.「ない」ものはあなたが「知らないもの」だけ


あなたが眠りから覚めると、あなたの宇宙も眠りから覚めます。あなたという観察者を取り戻した世界は、ありとあらゆるものをあなたの「ある」によって存在させ、賑やかに彩ってくれるでしょう。
外に出てみましょう。
道路が「ある」。建物が「ある」。木が「ある」。空が「ある」。太陽が「ある」。
あなたの周りにある全てのものは、あなたがそれがあることを「知っていて」、その存在を「ある」と認識したものばかりです。
では「ない」とはなんでしょうか?
あなたが「知っている」ものは全てあります。知っているとは「ある」と認識することだからです。
ですから「ない」の条件はあなたが「知らないこと」ということになります。知らないもの、あると認識していないものは、そもそも思考にも浮かんできません。だって知らないんですから。あなたが知らないものはあなたの世界にはないことになります。
逆に言えば、あなたの思考に浮かんでくるものは全てあります。

7.「ない」は「ある」がなければ存在できない


「ない」には必ず対象が存在します。「何が」ないのか、といった具合にです。
「お金がない」と言った場合は、お金という対象が「ある」。
「愛がない」と言った場合は、愛という対象が「ある」。
「何もない」と言ったところで、何もという対象が「ある」。
仮に究極の「ない」が「完全に何もない状態」だとします。それを「完全な無」と定義しましょう。完全な無はあるのでしょうか?
ほらね。「完全な無」は「ある」のか?になってしまったでしょう。
禅問答のように聞こえるかもしれませんが、私たちが「完全な無」という概念を考えようとすると「完全な無という状態はあるのか?」になってしまうのです。つまり「完全な無という状態が”ある”」です。
その概念を思考できている時点で「完全な無」ではありません。だって思考できているんですから。その状態を「完全な無」と表現している時点で「完全な無」ではありません。だって言葉で表現できているんですから。
あなたが知っているもの、あるいは思考できるものは全てある。ないものはあなたが知らないものだけという話を思い出してください。
どこまで「ない」を追及していったとしても、「ある」とくっついた状態でしか「ない」は存在できません。
「ない」が存在するためには、やはりあなたの「ある」の認識が必要なんです。

8.自分はなぜ「ある」のか


物や生き物、世界という概念や果ては宇宙という概念、そして「ない」という認識まで、全てはあなたという観察者がいて初めて成り立つ世界です。これら全てはあなたが「ある」と認識するから存在できるのです。
ではその全てを「ある」と認識している観察者のあなた自身はなぜ「ある」のでしょうか。
「自分は自分」「自分がいるのは当たり前」そう思うのが普通かもしれません。けれどそれは本当に当たり前でしょうか。
そもそも「自分」ってなんでしょう。
この身体が自分でしょうか。思考が自分でしょうか。心が自分でしょうか。それとも身体と思考と心が合わさったものが自分でしょうか。自分という概念は色々とありそうですが、あなたの世界ですから自由に定義して構いません。
定義は何でもいいけれど、自分が「ある」理屈は同じです。
あなたは「自分」で「自分」を「自分」と認識しているのです。自分というのもまた、全てのものと同じようにあなたが「ある(在る)」と認識しているに過ぎないのです。
またまた眠っているときの例えで申し訳ありませんが、あなたは眠っている間「私はよく眠っている」とは認識していません。たまに「これは夢の中だ」と思っていることはあるかもしれませんが、眠っている間は「自分という認識」も眠っているのです。

9.何もないけど全てある


あなたは「自分がある」と認識して人間として存在しています。
そして、その自分を通して「世界がある」と認識し、「宇宙がある」と認識しています。「ある」の反対の「ない」という概念すら「ある」と認識しています。
ここで一つの気付きがあるはずです。
全ては「ある」という認識でしかないということに、です。
あなたが見ている確固とした現実などというものは全て「ある」という認識の産物でしかありません。物も他人も、世界も宇宙も、それを体験している自分自身も、その自分が感じている「ない」という認識ですら「ある」の認識でしかなかったということです。
あなたが五感でリアルに感じているものも、実際には五感で感じたわけではないものも、あなたが「ある」と認識すればその瞬間に「全てある」。
存在するかどうかは全てあなたの「ある」にかかっています。
そして、大切なことは「ない」は存在できないということを知っておくことです。
あなたにとって本当の「ない」は頭にすら浮かんできません。
つまりあなたは「ある」以外の認識ができないんです。あなたの身の回りにあるもの全て。物はもちろん、他人や世界、宇宙に至るまで、全ては今までにあなたが「ある」と認めてきたものばかりです。
あなたが「ある」の認識を全てやめてしまったら、その瞬間に宇宙は丸ごとなくなります。そこには「何も無いようで全てある、全てあるようで何もない」が残ります。あれ?残るの?
うん。やっぱり「ある」んです。

10.私たちは「ある」しか認識できないんだから好きな「ある」を認識すればいい


あなたは「ある」という認識しかできません。「ない」という認識は「ある」から存在できる嘘の認識です。
私たちはその認識に慣れすぎてしまって変なものまで「ある」ように感じてしまっています。
あなたは「お金がない」と認識しているのではありません。
あなたは「お金がある」と認識していないのです。
お金がない状況が「ある」と思っている。
お金がある状況が「ない」と思っている。
「ある」としか認識できないにも関わらず、嘘の認識である「ない」を取り込んでしまっている。私たちの世界では「ない」だけでは存在できないことを思い出してください。
あなたは、あなたが好きなものをどんどん「ある」と認識すればいいのです。
「そんなものはない」という心の声が聞こえてきたら、あなたは「ある」としか認識できないこと、そして「ない」という認識は嘘であることを思い出してください。
この美しいものに溢れた世界は、あなたの認識が創り出していることを思い出してください。そしてそれをリアルに体験しているあなたもまた、あなたの認識が創り出していることを思い出してください。
全てがあなたによって奇跡のように存在していることを思い出してください。

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直島 章真(Naoshima Shoma)

不思議で素敵な思考の世界に皆さんをご案内します。 引き寄せで悩んでいる人、心が疲れてしまった人、ちょっと元気をなくした人に響く言葉がきっとあるはず。そう信じて言葉を紡いでいます。