今回の記事は恋愛関係における不安のメカニズムについてです。
それを主体にして話を進めますが、広くその他の人間関係にも応用できます。

不安は自分の恐怖心が作り出した幻想です。
相手のちょっとした言動や行動が、まず心の中に「もしかしたら」を作り出します。

この「もしかしたら」の行き先は「自分は傷つくかもしれない」です。
厄介なことに、一つの「もしかしたら」は、「そういえばあのときも」と類似した記憶を呼び起こしていきます。

その証拠を基にしてありもしない想像を働かせ、証拠を積み上げていきます。
予想を確信に変えていこうとするのです。
その思考に囚われると「自分は傷つくかもしれない」が、いつしか「自分は傷つくに違いない」に変化します。

最初から疑いの目で相手を見るので、やること為すこと全てが疑わしく思えます。
相手にその気は無いのに、「どうして私を傷つけようとするんだ」という被害妄想から、一方的に憎しみを持つようになることさえあります。

そのような思考に陥ってしまうのは、傷つくことに対する防衛反応です。
自分の経験にないことをするのは、誰だって恐いもの。
その恐怖をやわらげる手段が「もしこうだったら」を想像して、先に疑似体験しておくことなのです。

傷つくことの予防接種をしておくことで、いざ本当に傷ついたときに自分へのダメージが少なくて済むようにする。
免疫をつけておけば実際に傷ついたとしても、その痛みは想定内なので耐えられるというわけです。

全ての恐怖心を捨てなさいと言っているのではありません。
もし僕らが恐怖心を完全に無くしてしまったら、平気で高いところから飛び降りたり、平気で車が往来する車道に飛び出したりするでしょう。
恐怖心は命を守る安全装置であるため、完全に無くすことはできません。

その安全装置のセンサーが過剰なまでに敏感に設定され、ちょっとしたことで警告ブザーが鳴る状態が問題なのです。
相手のちょっとした仕草や言葉といった小さなことへのこだわりが、センサーの感度を上げてしまいます。

こだわりというと、「シェフこだわりの逸品」のように、あまり悪い意味ではないようにように感じますが、
こだわりを辞書で引くと「ちょっとしたことを必要以上に気にする。気持ちがとらわれる。」とあります。

小さなこだわりを捨てて、より大きな方向へ目を向けるとセンサーの感度を下げることができます。
木を見て森を見ず、とは正にこのこと。
言動や行動という「木」ばかりに注目するのではなく、木の集合体である”その人そのもの”という「森」を見るようにしましょう。

【より大きな方へ目を向ける】

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