ある日、あなたの元にプレゼンターがやってきました。
「あなたに素晴らしい乗り物を贈呈します!」
家の外に見てみると、車のような船のような飛行機のような奇妙な乗り物が停まっていました。
「これは、水陸両用、その上なんと空も飛べる素晴らしい乗り物です!これをあなたに差し上げます!」
あなたにキーを渡しながら、プレゼンターは続けます。
「陸・海・空、あなたはどこへでも自由に行くことができます!存分に楽しんでください!おめでとうございます!」
そう言い残して、プレゼンターは待たせていた車に乗って立ち去っていきました。

残された奇妙な乗り物。
あなたは自動車の免許は持っていたので、とりあえず走らせてみようかと運転席に座りました。
ところが、その乗り物にはハンドルが付いていません。
足元にペダルも一切ありません。
おびただしい無数のボタンがあるだけでした。
説明書も無ければ、プレゼンターの連絡先もわかりません。
もちろん、身近に同じ乗り物を持っている人もいません。
どう動かせばいいのかわからない。
あなたは、その未知の乗り物の操縦を諦めました。

変わりたいけど変われない心理は、これと似ています。

あなたは、「今の自分」の操縦に慣れています。
多少の不満はあるけれど、動かし方を知っています。
どう動くのかも予測できますし、壊れる予兆を察知したり、不調のときの対処も把握しています。

けれど、「新しい自分」の操縦方法は完全にはわかりません。
不満の少ない新しい自分になりたいのはやまやまだけれど、先ほどの「素晴らしい乗り物」のような未知の乗り物なのです。
何をすればどう動くのか予測できないし、危険な動きをしたときにどう対処すればいいかもわかりません。

人は未経験のことをするとき、誰でも不安を感じます。
知らない土地で生活を始めるとき。
新しい職場に配属されたとき。
知らないお店に入るとき。
人に誘われて未体験のことをするとき。

慣れ親しんだ場所には、「自分の居場所はここにある」という安心感があります。
新しい場所には、その安心感がありません。
経験したことがあれば、「こういうときはこうする」という対処の仕方を、ある程度知っています。
未体験のことは、その対処の仕方がわかりません。
期待と不安を抱きながら、そこに飛び込んでいき、安心感や経験を築きあげていかなくてはなりません。

それに、新しい自分が受け入れられるかどうかも不安です。
「今まで口数の少なかった自分が、急にペラペラ喋るようになったら変に思われるんじゃないか」
「今までやる気の無かった自分が、急に張り切りだしたらカッコ悪いんじゃないか」
目に見えて変わった自分を、人は「いいね!」と受け入れてくれるだろうか。

今の自分から、新しい自分に生まれ変わりたい。
そう望みながらも、なかなか自分を変えられないのは、期待と不安のせめぎ合いの中で不安が勝ってしまうからです。
一度も経験したことのない「新しい自分」よりも、慣れ親しんだ「今の自分」のままでいる方を選んでしまうのです。

未経験だったこと経験をすると、「一度経験した」に変わります。
0と1の差は大きいのです。
一度経験したことは、二度目からはグンとハードルが下がります。

前に進みたいのなら、未知の乗り物に付いているボタンを、勇気を出してどれか一つ押してみることです。
カックンカックンと不恰好でも前に進めるかもしれません。
操縦方法の丁寧な音声案内が聞こえてくるかもしれません。
ボタンを押さない限り、その乗り物はそこに留まったままなのです。
次にボタンを押すときは、「これはカックンカックン進むボタン」、「これは音声案内のボタン」とわかっていますから勇気を振り絞らなくても押すことが出来ます。

やったことがないことをやってみる。
今まで避けていたところに出掛けてみる。
今までの自分なら選ばなかった方を選んでみる。
そのボタンは至るところにあります。

全部いっぺんに押そうとしなくてもいい、押しても大丈夫そうなボタンからでいい。
未知の乗り物を乗りこなして、人生を自由に飛びまわれるように。

【勇気を出して一度経験する】

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