他人が不注意で、あなたの大切にしていた服にケチャップをこぼしてしまったとき、あなたはそれを許せますか?
許せるかどうかは、相手の態度と謝りかた次第。
確かにそうかもしれません。
けれど、もうひとつポイントがあります。

もしその「犯人」がレストランのウェイターだったらどうでしょう?
「何をするんだ!」「どうしてくれるんだ!」
そんな激しい怒りが出てくるかもしれません。

では、もしその「犯人」が自分の子どもやペットの犬だったらどうでしょう?
「何をしてるの!」「ダメでしょ!」
そんな言葉で叱り付けた後、文句を言いながらも「犬に言っても仕方ない」「子どもに当たっても仕方ない」。
そんな気持ちが出てくるのではないでしょうか。

あなたにとって、してほしくないことを他人にされたとき、それを許せるかどうか。
出来事は同じでも、その対象が違えば許す許容範囲も変わってしまう。
もしそうだとしたら、あなたは人に平等に接していません。

大人を対象にしているときは「大人だから」と補正をかけて。
子どもを対象にしているときは「子どもだから」と補正をかけて。

同じ大人でも、上司、部下、先輩、後輩、彼氏、彼女、好きな人、嫌いな人。
それぞれ補正をかけて、許す許容範囲を変化させています。

寛大な人は、人を許す許容範囲の広い人です。
「大人だから」と狭めたり、「上司に怒るのはマズイ」と広くしたりはしません。
いちいち、そんな面倒な補正はかけずに、対象が誰であれ自分の許容範囲を一定に保っています。

では、どの許容範囲に統一すればいいか。
もうわかりますね。
子どもに接するときの許容範囲に統一すればいいのです。

早い話、相手を3歳児だと思うのです。
これは、相手を子ども扱いしろと言っているのではありません。
「仕方ないな」「まぁいいか」で子どもを許してあげるように、相手が誰であっても平等に許してあげましょうということです。

もし今、あなたが人を許せなくて苦しんでいるとしたら、こう考えてください。

人を許すことは、確かに難しいことです。
しかし、あなたが「子どもなら許せる人」だったり「犬なら許せる人」なら、大人でも許せる寛大さは既に備わっています。

あなたは許せない人ではありません。
心が狭い人でもありません。

本来は広いはずの許容範囲が、怒りや憎しみで狭くなっているだけです。
今はたまたま「その人専用の許容範囲」になっているから、許せないと感じているだけです。
だから、人を許せない自分を責めたりしないでください。

「仕方ないな」「まぁいいか」
諦めや、いい加減にも聞こえるこの言葉。
こと、人を許す許容範囲を広げたいときには、強力な味方になってくれますよ。

【子どもを許すように大人も許す】

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