街を颯爽と歩いていたあなた。
なぜかバナナの皮が落ちていて、踏んで滑ってスッテンコロリン。
男性ならズボンが破れ、女性ならパンツ丸出しの大転倒。
そんな古典的なマンガのようなことが起きたとき、あなたはどんな気持ちになりますか?

体で痛みを感じた後に出てくる気持ちは「恥ずかしい」。
早く元の体勢に戻って、この場を立ち去りたい。
痛みを堪えて立ち上がり、何事もなかったかのように立ち去る。
人前で転ぶことって、どうしてあんなに恥ずかしいんでしょうかね。

あなたが恥ずかしいと思った気持ちに間違いはありません。
ほとんどの人がそうです。
だけど、あえてハッキリ言います。
誰もあなたのことなんて気にしていません。

あなたは、あなたの人生という映画の主人公です。
あなたの周りにいる人は、あなたの人生を彩る出演者たち。

あなたと恋に落ちて、家族になろうものなら準主役。
あなたと会って話をしたなら共演者。
この中には、重要な役の人もいれば、チョイ役の人もいます。
あなたが街ですれ違う人は全てエキストラ。
この先も出会うことのない人は…きっとオーディションで落ちたのでしょう。 

あなたという一人の主人公。
何人かの準主役。
何百人かの共演者。
何万人ものエキストラ。
何億人ものオーディションに落ちた人たち。

これを、視点を変えて見てみましょう。
あなたの人生に出てくる何百人かの共演者。
その中から、あなたの友人を一人思い浮かべてください。

その友人の視点で見ると、人生の主人公は誰ですか?
もちろん、その友人です。
そして、あなたの役どころは「何百人かの共演者の一人」となります。

これを、今日すれ違っただけの顔も覚えていないエキストラの視点で見るとどうでしょう?
その人も、きっとあなたのことを覚えていないでしょう。
その人の人生でのあなたの役どころは「何万人ものエキストラの一人」です。

そして、オーディションに落ちて、あなたの人生に出てこない大多数の人。
その人たちの視点から見ると、やはりあなたも同じようにオーディションに落ちた人の一人に過ぎません。
視点が変われば、立場も変わるのです。

あなたは毎日、意識することもなく、一生会話することも、顔を覚えることすらもない、大勢の人々とすれ違っているでしょう。
すれ違うだけではありません。
テレビやネットを通じて、そのような人を見ているでしょう。

その人たち一人一人が、自分が主人公の人生を生きています。
あなたと同じように、喜び、悲しみ、楽しみ、苦しみながら。

あなたは主人公であるけれど、視点が変わればエキストラです。
何万人ものエキストラのうちの一人が転んだところで、誰が気にしますか?
周りの人は、それぞれが主人公なんです。
よほどの緊急事態でない限り、「あらあら転んじゃったよ」とか「気の毒だなぁ」と思われて終わりです。

あなたは普段、自分や何人かの準主役、せいぜい何百人かの共演者のことだけで精一杯です。
だから、一瞬画面に映るだけの何万人ものエキストラのことまで目を向ける機会は滅多にありません。

この話は、人がどれだけ自分に関心を向けて物事を考えているかの例えです。
起こったことは同じ「バナナの皮で滑って転んだ」であるにも関わらず、自分にだけ関心を向けると「恥ずかしい」。
これを、エキストラの範囲まで関心を広げると「誰も気にしていない」。

もちろん、恥ずかしいものは恥ずかしい、それでいいのです。
大切なのは、視野は広く持っていた方が、問題は小さく感じるということです。

自分ほど悩んでいる人はいない、そう感じてしまうほどの悩みを抱えることもあるでしょう。
そんなときこそ、視野を広くしてください。
エキストラの範囲?
いえいえ。
オーディションで落ちた人の範囲?
いえいえ。

いっそのこと、地球とか宇宙とか、とんでもない範囲まで広げてみませんか?
それが空想的すぎると言うなら、自然はどうでしょう?

悩みを抱えているときこそ、外に出掛けて自然と触れ合ってみませんか?
大きな自然が、あなたの悩みを優しく包み込んで小さくしてくれますよ。
せっかくの主人公ですもの、ピンチなときほど余裕の笑顔でカッコ良く生きましょう。

【視野を広げると、悩みは小さくなる。】

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