自覚していますが、僕は言葉の意味や小さな言い回しにこだわりを持ってしまうタイプです。
と、言いつつ自分の書く文章は拙かったりしますが、我慢して読み進めて頂ければと思います。

小さな言い回しへのこだわり故に、自分が良書だと感じた本でも100%同意できないことが多々あります。

例えば「実現できると心から信じる」。
願望を実現するための手段を示した、すごくシンプルなアドバイスです。
ところが僕は「心からってどの程度?疑いの気持ちを持たないってどういう状態?もっと具体的に言ってよ」となるわけです。

なんなら、どれだけ心から信じているかデジタルな数字で示してくれる「信じてるメーター」でもほしいぐらいです。
そうすれば「今は92%か、イケるな!」とか、「37%か…こりゃ実現しそうにないぞ」とか判断できますから。

こと価値観の話となると、自己啓発系の本やブログのほとんどが「他人の価値観を受け入れましょう」と説いています。
「価値観=受け入れるもの」と定型文のように、見事にセットで書いてあるのです。

僕はずっとずっとそれに違和感を感じていました。
「他人の価値観を受け入れる」ということ自体が「受け入れられなかった」んです。

僕の感覚では「他人の価値観を受け入れる」ということと「お客さんを受け入れる」の「受け入れる」は同じようなニュアンスに聞こえていたんです。
その人の価値観を迎え入れて、もてなして、不快にさせないようにその人の好みに合わせて頑張る感覚とでも言うのでしょうか。

他人のことを知る上で、その人の価値観を知ることが重要なのは僕も理解していました。
価値観とは「その人が大切にしているもの」とか「物事の見方」です。

同じ時間に、同じ場所で、同じ映画を観たのに、その映画の感想や印象に残ったシーンは人によって違います。
これぞ価値観の為せる技。
「物事の見方」つまりは価値観が全員違うから起こることです。

物事の見方は、「世界の見え方」でもあります。
この世界が楽観的に映っているか、悲観的に映っているかも人それぞれ。
だから、価値観は世界観でもあり、世界観は人生観でもあります。

だからこそ、さぁ他人の価値観を受け入れましょう!と言われても、僕は「そんな簡単に受け入れてたまるか!」って抵抗していました。

他人の価値観を受け入れ続けていたら、自分の価値観はどこに行っちゃうの?っていう疑問も持ちながら。

例えば、ある人が「ゴミは宝だからドンドン集めるべきだ」という価値観を持っていたとします。
玄関開けたらゴミの山どころか、敷地いっぱい、果ては道路にまではみ出してゴミがうず高く積まれている「ゴミ屋敷の家主」を想像してください。

その価値観を受け入れましょう!と言われても、簡単に受け入れられますか?
僕なら即座に「到底受け入れられない!」って反発します。

そうやって「他人の価値観を受け入れることが受け入れられない」僕に、やっと救いの手が差し伸べられました。

中原晴美さんが書かれたある日のブログに、僕が探し求めていた答えが書いてあったのです。
記事自体が素晴らしいのですが、僕が救われた一文を引用して掲載させていただきます。

「好きな人、大切な人の価値観を
好きにならなくてもいい、大切にしなくてもいい、
ただ、 認めて尊重して、そっとそこに置いておく。」

僕が持ち続けていた「価値観を受け入れることを受け入れられない」にパラダイムシフトが起きた瞬間です。

好きにならなくてもいいんだ。
自分がその人の価値観に染まらなくてもいいんだ。
ただ「この人はこういう価値観の持ち主かな?」って認めて、そっと置いておくだけでいいんだ。

人は自分の価値観が正しいと信じて生きています。
だから、自分の価値観と他人の価値観が違っていれば反射的に「相手が間違っている」と思ってしまいます。

けれど、その相手も自分の価値観が正しいと信じて生きています。
自分の価値観とその人の価値観が違うなんて当たり前のこと。
だから価値観を比べて競わせるなんてやめましょう。

「正しい顔」なんていうものが存在しないのと一緒で、「正しい価値観」なんて誰にもわからないんですから。

その人の価値観を誉めてあげなくてもいいし、否定する必要もありません。
ゴミ屋敷の家主も、詐欺師も、泥棒も、その人なりの正しい価値観を持っているのです。

他人の価値観を知ること。
そうすれば「あの人はいつもそう」が格段に減っていきます。

他人の価値観は、その人の人生観であり、その人そのものに繋がっています。
その人の価値観を否定することは、その人そのものを否定することに繋がっていくのです。

だから、他人の価値観は不用意に触れてはいけない。
形が好きじゃないからって、無理に変えようとしてもいけない。
だって、その人が大切にしているものだから。
その人は、その形が気に入っているのだから。

不用意に触ってしまわないように。
けれど、いつでも見守れるように。
不注意で壊してしまわないように。
そして、埃を被って汚れてしまわないように。
大切にショーケースに入れておきましょう。
それだけでいいのです。

いい形だなぁって惚れ惚れしたのなら、自分もいいとこ取りでその形に近付ければいい。
あまり好きな形じゃないなぁって思っても、自分好みに変えようとしなくていい。
好きな形でもないのに、「同じだね」って言われたくて、無理して似たような形になろうなんて頑張らなくてもいい。

それが、他人の価値観を認めて尊重するということ。
他人の価値観を受け入れるということ。
そして、自分の価値観を大切にするということ。

それにしても…。
「価値観を受け入れる」って一言で済ませる表現はやめてほしかったなぁ。
どうしても受け入れられなくて、随分と悩まされましたから。

けれど、その回り道のおかげでパラダイムシフトの喜びは大きくなりましたから、やっぱり全てのことにありがとうですね。

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